母親の死

 2月26日に母親が亡くなった。まだ信じられない。くも膜下出血ですぐ入院して手術。自発呼吸を取り戻したが、瞳孔が空いているのが心配と言われる。明け方4時過ぎに弟から電話がある。固定電話が鳴ったので、ただごとではないと思う。「かあちゃんが無事でありますように」と祈り続ける。弟に6時頃「かあちゃんは大丈夫な?」と、メールを打つ。返信がない。長い時間が経った気がした。眠れない。6時6分に弟から電話がある。6時2分に亡くなったらしい。病院の話では、一度心臓が止まって、マッサージをして呼吸をしているが、次に心臓が止まったら、蘇生法はしないと言われたそうだ。前日の手術で、35Kgの体で、8時間以上の手術がかかった。体が持たなかったのだと私は思う。手術をしなければ少しでも生きただろうか?
 弟家族には長かっただろう。11時に来てくれと言われてから1日中、待ち続けて、どうにか終わって、成功したのだが、翌朝、起こされ、みんなで出かけたらしい。
 私らもすぐ飛行機の予約を取って、息子と家内と3人で、まず東京までバスで行き、飛行機で鹿児島へ向かった。夕方5時過ぎに鹿児島へ着いた。鹿児島は雨だった。天まで泣いてくれていたのか?
 通夜の会場へ行き、まず母の死に顔を見た。まだ生きているような顔。でも頭に穴を開けたので、包帯に巻かれていた。痛々しかった。何度も見た。「かあちゃんが幸せでありますように」向こうへ行った母に、手を合わせるしかなかった。かあちゃんはまだもう少し生きると思っていた。あと1回電話で話をしておけばよかった。悔いはいくらでも出てくる。母ちゃんの天命が完うされますように、そう祈るしかなかった。その晩はいろんな方と話した。兄夫婦と娘も来ていた。田舎のいいところか、翌日の葬式にも200名以上の方々が来てくださった。僕の時はこんなに来ないだろうという自信がある。こんなに来てくださっただけでも母ちゃんは幸せだっただろう。
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