尾崎豊20年目の真実・風の少年~永遠の伝説

 尾崎豊、私が30代の頃知って、そしてまもなく亡くなったアーティスト。CDが擦り切れるまで聞いたっけ。今日、成宮寛貴主演でスペシャルドラマがあった。久々に尾崎の思い出に浸った。また、須藤さんと尾崎の関係性がどんなものかの一端を知った。
 尾崎はすべてか無かで人に迫ってくるところがあったようだ。須藤さんを親しみ、自分の親しみをそのままさらけだす。それは拒絶されたら、取り返せない心の傷となるようなものである。
 失恋とも似ている。だから告白しない人もいるのだが。尾崎は自分の親しい人に自分のエゴをそのまま出してしまい、辛い思いをしたのではないだろうか?会社を休職して、俺のために働いてくれと言われて、「お前を中心に世界が廻っているわけではないぞ」と言うのも仕方のないことだ。尾崎はそれほどまで慕っていたわけではあるが、須藤さんはうごけるわけがないのだ。
 尾崎は社長になって、母親が亡くなって、最後のアルバムを作る。「Mama say Good bye」という哀切を極めたバラードも含まれている。そのアルバムが出来てまもなく尾崎本人が亡くなってしまう。あまりにも突然の不可解な死であった。当時、肺水腫が原因であるとか、病院で一回戻されたのに、容態が異変して病院へ運んだ時は亡くなったというので、「誰が尾崎豊を殺したか」という本まで出たものだ。
 それにしても須藤さんとの出会い、そして、次第に須藤さんも尾崎のピュアーな心性に魅かれていくのが分かる。最初は「尾崎君」と言っていたのが、「尾崎さん」というように変わる。「15の夜」の詩を持っていったとき、その感性に驚いて、大絶賛する。尾崎は評価されて、非常に喜ぶ。須藤さんは東大を出て、頭が良く、尾崎と難しい話をする。尾崎はそれが誇りであったようだ。兄貴と父親の間くらいの存在である。「15の夜」のタイトルも須藤さんが考えたらしい。
また、ルックスの良かった尾崎をアイドルとして売り出そうとしたソニーにそむいて、独自の路線を歩ませたのも今の尾崎伝説の独自性を築く元になっている。
 そういえば、10代で3枚目の壊れた扉からのアルバムに、1曲足りずに苦悩するときに、「Forget-me-not」のアイデアを与えたのも須藤さんであったようだ。
 懐かしく素晴らしい尾崎豊、君は多くの人に素敵な曲と思い出を残してくれた。それにしても、なぜ君はこんなにかっこいいのだろう。



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