切れのない眠りと愛情の哀しみ

 切れのない眠りの影響で、昨日は二度寝と夕方も寝た。何かからだの状態が若干おかしかったらしい。今日は元に戻ったようだ。
 さて愛情の哀しみの中に、自分が相手を思うほど、相手が自分のことを思ってくれないことがある。これは、人生の悲しみの大きな一部を成している。
 初恋や失恋にしても、そういった愛情のアンバランスから生じている場合が多い。子どもへの愛情も、大概の親はいつまでも執着を抱えているものであるが、子どもは自分の夢へ向かって、さっさと親を忘れていく。むしろ親に執着している方が問題かもしれない。親の悲しみを子どもは知らない。自分のことばかり考えてくれるので、それが負担になる子どももいる。親は愛情は深いほど、子どもに届かない。まるで執着した相手がこちらを振り向いてくれないようなものだ。いや、子どもに愛情を求めてはいけないのだ。愛情は惜しみなく注ぎ続けるしかないものだ。そして親となった人に、こんな愛情もあるんだと理解させてくれる。つまり自分を捨ててでも幸せにしたい感情も自分の中にあったことに気付くのだ。それだけで充分なのだ。決して子どもに愛情を求めてはいけない。子どもは親を打ち捨てて、自分の未来へ船出していかなければならない。親が子どもの自立を遮るようなことがあってはならない。
 子どもの素晴らしい未来への旅立ちを祝福しながら、老いていくのである。それが親の楽しみ方の1つになる。子どもとは楽しみながら、伴に大きくなればいいのだ。未練を捨てながらも、血のなせるわざで、決して忘れることはない。そのとき、自分の親の深い愛を知ることになる。今まで打ち捨てていた、哀しい親の年老いた姿に、老後を付き添う人がいる。そのひ
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